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山形地方裁判所 昭和33年(行モ)2号 決定

申請人 鶴岡市選挙管理委員会

右代表者委員長 津田晋介

申請人 鶴岡市

右代表者市長 松木

右両名代理人弁護士 坂千秋

〈外二名〉

被申請人 山形県知事 安孫子藤吉

右代理人弁護士 古沢久次郎

〈外三名〉

右指定代理人山形県地方課長 寺本力

〈外四名〉

主文

本件申請はこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

事実

一、申請人らは「被申請人が昭和三十三年三月二十日申請人鶴岡市選挙管理委員会に対し、新市町村建設促進法第二十七条第五項によつて湯之浜地区の境界変更に関する住民投票を行うべき旨の請求は、本案判決の確定に至るまで、その効力発生を停止する。」との決定を求め、被申請人は主文第一項同旨の決定を求めた。

申請人らの主張並に疎明は別紙第一記載のとおりであり、被申請人の主張並に疎明は別紙第二記載のとおりである。

理由

一、被申請人山形県知事が昭和三十三年三月二十日申請人鶴岡市選挙管理委員会(以下単に市選管と略称)に対し新市町村建設促進法第二十七条第五項により湯野浜地区の境界変更に関する住民投票を行うべき旨の「請求」をなすに至つた経緯は被申請人主張のとおりであつて、この点については申請人らも争つていないところである。

二、そこで本件「請求」の法律的性質についてみるに、

(一)  本件請求は新市町村建設促進法第二十七条第五項にもとずいて、行政庁である被申請人山形県知事が、行政庁である市選管に対し「住民投票の実施」という一定の作為を請求した行政上の行為であつて、行政庁が国民を対象として、国民に対する行政権の直接的発動としてなしたものではない。

(二)  被申請人山形県知事と申請人市選管とは一般的職務権限においては上級下級或は監督被監督の関係にあるものではなく、全く別個の行政庁といえるけれども、新市町村建設促進法において、境界変更に関する争論解決の一方途として定められている住民投票に関する手続においては、申請人市選管は被申請人山形県知事の「請求」があつたときは、これにもとずいて住民投票の手続を施行すべき公法上の義務を負うているのである。もちろん、申請人市選管は強い独立性を保障せられているから、その投票手続の管理に関する事項について、他の行政庁から具体的な指示ないしは命令があつても、これに応ずべき義務はないけれども、被申請人山形県知事の「請求」が法定の方式を充している以上は、所定の期間内に投票の手続を施行すべき拘束をうけるのであつて、これを拒否する自由はない。もつとも、前記法律のうちには県選挙管理委員会による代執行の方法が規定せられているけれども、このことをもつて右の拘束をうけない、と解すべきではない。

三、本件「請求」の法律的性質を以上のように解するときは、被申請人山形県知事のなした本件「請求」そのものについて、その無効であることを主張して司法審査を求めることは、法律にこれを認めるべき規定もない以上許されるべきではない、と解するのが相当である。

すなわち、本件のように一定の限られた事項について上命下服の関係にある行政庁相互の間において、法律上当然なすべき職務について、その執行が求められた場合、その求められた側においてその権限(請求の権限)を行使したことを違法のかどがあるとし、自己の職務執行権を侵害されたものとし、或は右のような場合において第三者がこれによつて権利を侵害されたものとして、行政訴訟によつてその権限行使そのものについて審査を求めることができるとすれば、行政権の運用についてことごとく司法権の容喙を許容することになり、その機能は著しく阻害され、憲法が三権分立主義を認めた精神に反するに至るであろう。従つて、特に法律において裁判所が審査すべき旨の明文を設けている場合はともかく、然らざる限りは、行政庁自からがその責任において処理すべき事項に属するものと解すべきであるからである。

しかるに、本件「請求」については、その適否についてこれを取上げて審査をなすべき権限が裁判所に与えられた趣旨の規定は見出し難いから、本件「請求」が、仮に申請人らの主張するように、住民投票をなすべき基礎的要件を欠いている違法なものであるとしても或は適法な手続が践まれていないものであるとしても、さらには又内閣総理大臣の裁定の趣旨に反するものであるとしても、本件「請求」そのものが直接審判の対象とせられている限り、裁判所はこれを審査することは許されないもの、と解するほかはない。

四、果してしからば、申請人らが本件「請求」の適否について判断を求める本案訴訟は不適法の訴というほかはない。従つて、これを前提として執行停止を求める本件申請もまた理由なきに帰し却下を免れない。

よつて、本件申請はこれを却下し、申請費用は申請人らをして負担せしめて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 西口権四郎 裁判官 藤本久 田倉整)

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